その85 ミシンの音
先日、私がジャージのズボンを手にウンウンうなっていると、家人が声をかけてきました。
・・・ジャージに内ポケットが出来ていました。テキトウな布をミシンで縫いつけただけですが、外からは見えないし機能はこれで十分です。
私は家人に礼をいいつつ、内心「不覚!」と思っていましたw。なぜ「自分で作る」考えがでてこなかったのか、カンタンなことなのに。
どうも私はこれまでの人生で「布製品を自分で加工する」ことをサボっていたようだな、と、はじめて気がついた次第です。
私はその日からミシンに向かい、思いつく限りの「作れそうなもの」を作ってみました。
1・トンカチやドライバーなどの工具を入れる袋。金属やプラスチックの工具箱はガチャガチャうるさくて気になっていたので、布の収納袋を作りました。直線で縫うだけです。
2・リュック内を整理する「バッグインバッグ」。これも布を直線に縫うだけ。あるいは100円ショップの小さなポーチを「連結」させるだけでできました。
3・半袖シャツの下に着るシャツ。私は前々からこのように考えており・・・↓。
袖を切り、袖なし下着を自作。これもカンタンです。ああスッキリした(笑)。
ほか基本のズボン丈直し、雑巾作りなどある程度数をこなしました。
・・・慣れると不思議なもので、既製品をみても「縫い目が見える」ようになります(笑)。いままでなんとも思わなかった製品でも「これはこうしてこうしてこうすれば・・・自分で作れる」と思うようになりました。これは楽しいw。感覚が鋭くなります。
なんでもそうですが、自分でやってみると他人のウマさスゴさが少しはわかるようになり、感動が増えますね。
しかし思えば、日常からミシンの音が減っているな・・・と気づきます。昔は裁縫は基本教養で、うまい人なら浴衣くらい縫ったと聞きます。漫画『ドラえもん』でも、のび太のママが雑誌を開き「この服作ってもいい?」とパパに話しかける場面がありました。昭和40年ほどの話ですが、このころは婦人雑誌に服の型紙などが付いていて、それを見ながら作れるようになっていたんですね。今でいう「雑誌で見た美味しそうな料理を作ってみる」くらいの感覚でしょうか。・・・優雅ですねw。
現代、自分で服を縫う人はあまりいないでしょうが、できたら大変カッコいいことだと思います。
介護施設でも、裁縫箱を見ると嬉しそうな顔をなさる人、というのは多いです。きっと数限りない雑巾、巾着袋、枕や布団のカバー、その他諸々・・・を縫ってこられたのでしょう。
ああ、今ならその気持ちが少しは理解できますw。
(追記)
ものを縫うとき。
縫い目が目立たないように裏返し状態で縫い、最後にクルっと表にかえします。
私はこの「出来上がりを逆算して裏返しで作業する」というのは、一種のパズルだと感じますw。こういうアタマの使いかた、空間認知の仕方は、他の家事ではしませんね・・・。