その84 ご祝儀をくれる人
先日、私が自分のマンションの入り口を出掛かると、ある一人のおばあさんに声をかけられました。
「あ、アンタちょっと待ちなさい」
よく見ると、チリ紙の包装紙の中には千円札が一枚、入っておりました。しかし「?」です、何もおごっていただくような覚えはないのですが・・・。
聞けば以下のようなワケでした。
1ヶ月ほど前、マンションに引越し業者が来ており、荷物や資材が共同玄関のオートロック操作パネルの前に積み上げてあった。業者の人は休憩中なのか近くにおらず、おばあさんは荷物がどかせず玄関も開けられず、締め出されて困っていた。どうもそこに私が通りかかって、荷物をどけたようです。言われてみればそんなことがあったような気がしますが、なにしろ1ヶ月も前の話、私のほうはさっぱり忘れておりました。
おばあさんは「あれからアンタになかなか会わないから、一ヶ月もバッグの中でこのチリ紙がコロコロコロコロ・・・」と言って、自身もコロコロと笑っておりましたw。
まあそういうことなら、と、有難く頂いておきました。なにもお金を頂くほどのことでもないですが、断るのも野暮だと思ったのです。
それにしても義理堅いというか、チリ紙で忘れないようにするあたり、実に奥ゆかしいことです。
・・・頂いたお金で銭湯に行き、お湯につかりながら思い出したのはかつて勤めたグループホームの入居者・Aさんのことです。
Aさんもこうやって「ご祝儀」をくれる人でした。
これは拙著『ボクは介護職員一年生』(宝島社)にも描いたエピソードですが、介護職員はもちろん入居者さんから金品を受け取ってはいけません。しかしAさんはなにかと「これ、とっといて」と千円札を出してこられる方で、正直私は困っていました。はじめは苦手意識すらありました。決まりだからとかなんとか断るのが一苦労ですし、Aさんの気を悪くさせてはいけないと思ったからです。そのうち何か手伝った後は「じゃ、私はこれで」とすばやくその場を離れるようにしていました。
今日は違う。「どうも、では有難く」と金品を頂きました。お礼をする、受け取る、普通のことです。地域社会では当然ではありますが、普通が当然にできない介護施設がやっぱりヘンということでしょうか(苦笑)。
きっとAさんは「普通・当然」のほうを期待していたんでしょうね。
今更ですが、未熟者であったと反省であります。断り続け、避け続けていれば、せっかくの「世話になったらお礼をする」という普通の行為をできなくさせてしまう。これではリハビリになりません、逆です。
「まあいくら決まりとはいえ」「・・・もうちょっとマシなやり方がありそうなもんだ」と、その日は風呂のなかで、全身赤くなるまで考えておりました。
(追記)
余談ですがそのおばあさんは、外から帰ってきた時出会うと「おかえり」といいます。
おなじ建物に住んでいるのですから「おかえり」も別におかしくはないのですが、他人様から言われると一瞬戸惑います。
よく考えると、小さいときは近所の大人に「おお、学校終わった?おかえり」と言われました。職場でも出先から戻れば「おかえり」で、これは普通の挨拶です。他人からいわれておかしい言葉ではありません。
ですが、同じマンションで「おかえり」というのはそのおばあさんだけですね。自分も他の住民に「おかえり」というのは何か勇気が要ります、ちょっとできません。
・・・不思議なものですね。