その143 新聞配達の方の努力

先日、「新聞」に関するこんなお話を耳にしました。

契約した覚えのない新聞が届き、購読料を詐取されるケースが増えている…のだそうです。新聞販売店に問い合わせとすると「〇年前に契約している」などと本人も覚えていないような昔のアヤシイお話だったり、途中でやめたいといっても「契約期間中はとってもらう」など止めてくれなかったり。

甚だしきは契約書が偽造(手書き・筆跡が違う)されているケースまであったそうです。

各地の消費生活センターによると、新聞勧誘に関する問い合わせはこの10年でなんと「5・5倍」増えたとか。被害者の多くはやはり、長年新聞を取る習慣があり、記憶があいまいになりかけている高齢者…だ、そうです。

詐欺的な新聞の押し売りはもちろん許されないことです。が、それとは別に、筆者はこのニュースを聞いて一抹の寂しさを覚えました。

というのも筆者は18年前、「新聞奨学生」だったからです。

新聞奨学生とは、朝夕の新聞配達と集金業務で学費と生活費を稼ぎながら学校に通う学生のことで、筆者はそのシステムがなければ入学も卒業もできませんでした。「新聞」にはとてもお世話になったのです。

奨学生の仕事は配達と集金だけではありませんでした。店長は「新聞がポストにたまっていたら、お客さんに何かあったのではと疑え。声をかけろ」「たまった新聞をそのままにするな。留守だと宣伝しているようなものだ」「泥棒や放火に遭わないように、庭の隅の、雨が当たらない場所にでも寄せて置け」などと、実に細かく指示を出したものでした。

もちろんそんな気遣いをしても、奨学生のお給料が増えるわけではありませんが…毎月顔を合わせていれば、お客さんの安否が気になるのは人情です。たまった新聞をよけたり、声をかけたり何度もしているうちに「またあんたに配ってもらいたい」と言ってもらえるようになる。2年という短い間でしたが、これはこれでとてもやりがいのある仕事でした。(今考えるとこれは立派な「介護」であったと思っています)

新聞をとる人口の減った昨今、新聞配達員は新しい付加価値としてそれこそ「地域の見守り人」なる存在感を打ち出しています。
試しに「新聞配達 見守り」で検索してみれば、各新聞社が競って「購買者を見守ります」「何かあったらご家族、行政に連絡をします」等の新サービスを実施していることがおわかりになると思います。
雨でも雪でも毎朝毎夕顔を見に来る、これは介護職員にだってなかなかできないサービスで、これを利用しない手はない、素晴らしい地域資源だと思うのですが…。

その裏で詐欺が横行していては何にもならないじゃないかと、筆者はとても残念に思いました。

むろん、強引な勧誘というものは昔からあったことではありますが。新聞奨学生時代、現場で見ていた限りそういう人はごくごく一部でほとんどの人はマジメに、普通に働いていたものです。まして「地域の見守り」を打ち出している以上、これまで以上に旧悪を排していただきたいと介護職員としても元新聞奨学生としても強く強く切望いたします。

…高齢のご両親と離れて暮らしておられる方は、こんなことも少し気をつけて見られてはと思います<(_ _)>

(追記)
余談ですが、筆者が新聞奨学生時代にもっとも印象に残ったのはこのポストです(._.)

下町のお寺と路地の間ですが、たくましいヘビ君ですね(笑)