その165 介護を通じて政治・経済
今年(2022年)は日本政治に激震が走り、現在もまだその渦中といった様相ですね。長引く新型コロナウイルス、外国では戦争、国内では政治・経済の乱れ…後年、記憶に残る年になりそうです。
お読みの皆様は、政治や経済、どの程度関心をもっておられるでしょうか。
自分のことを申しますと、実は若いころ…特に20代など、正直言って政治経済は「ほとんど関心がない」「わからない」状態でした。それより自分がどうやって身を立てていくかで頭がいっぱいでした。(当方は1980年生まれ、いわゆる「ロスジェネレーション」「就職氷河期世代」です)
世界的な大事件、ニュースもそれなりには見て育ちました。90年代、2000年代も国内外で宗教やテロ問題、中東での戦争、多くの自然災害なども目にしてきました。が、それらはどこか「遠い話」「自分と直接関係はない話」ととらえていました。
自分がそうした社会問題を意識し始めたのは、恥ずかしながら30を過ぎ、「介護職員」になった後でした。
…筆者にとって「介護」は、社会問題を自分に引き当てて考えるきっかけになっています。
例えば現在でいうと、先月(10月)、「要介護1と2の保険外し検討」とのニュースが流れました。介護度の低い1,2の方々を介護保険から外し、自治体やボランティアを含む地域人材で支えようという流れです。(実は今回が初めてではなく、前々からこうした議論はあります)
このニュースは政治問題が紛糾しているさなかにも関わらず大きな反響を呼び、Twitterではトレンド入りもしています。多くの世論、専門家も懸念・不安を表明し「反対署名」がなんと4万票も集まったということです。
これは筆者としても大変心配で、「そんなことをして大丈夫か?」と思います。
まず要介護1,2と「認定」しておきながら、介護サービスを受けられない(自治体などの支援しかない)というのでは何のための認定か、筋が通りません。
また「要介護1,2」とはまだまだ自力で歩ける、話せる、活動の幅が広い方々です。当然外にも出るし社会ともかかわります。つまり行方不明、交通事故、金銭の管理問題、公共の場所でのトラブル…等々、種々の対応が予想されます。介護度が低いと言って支援がカンタンなわけではなく、その逆であることはご家族や介護職員ならだれでも知っていることです。そういう方々の支援を、そうすぐに誰でもできるとは到底思えません。何かあったら、だれが責任を取るのでしょう。ボランティアの方にまでそうした重責を負わせていいものでしょうか…。
いろいろな疑問が出てまいります。
また上記は「介護職員」としての疑問ですが、経済的な疑問もわいてきます。
最近とみに上がり続ける医療費の自費負担割合。この流れは介護サービスにも押し寄せていて、自己負担2倍の構想も出ています。これでは医療に続いて介護も「制度があっても使えない!」状態になってしまいかねません。
さらには、消費税もつい最近(2019年)上がったばかりです。これも「社会保障費が足りないから」と増税されたはず。しかし医療費も介護保険も上がる、要介護1,2は外す。サービスを受けられるのはお金に余裕がある人だけとなれば(今なりつつあるのですが)一体何のための税金、保険料かという話ではないでしょうか。…その社会保障費ですら4兆円近い削減、また消費増税とのニュースも出ています。
社会保障費だけではありません。今年10月には、6500品目を超える物価の上昇があり、保険料や医療費で弱った財布に追い打ちをかけています。衣食住、すべてに関わる介護ではこれも見逃すことはできません。
こうなってくるといよいよ、どうしてこんな状況なのか、国は、政治はどうなっているのか…が「自分のこととして」気になってくるわけです。心が痛む昨今です。
このコーナーではなるべく身近な介護以外の話題は分を超えないよう避けてきました。が、どうしても「ここはちゃんと政治を、制度の改正をにらんでおかなくちゃ」というときがあるものですね。
これは自著『僕は介護職員1年生』(宝島社)に私が描いた1場面ですが…
これが出版されてから7年。その間にも介護は色々な動きがありました。そしてその7年分、筆者も「介護される側」に近づいています。
医療介護、政治経済。少しでも良くなるよう、もっともっと多くの方に興味を持っていただきたいと願うばかりです。
(余談)
…我慢ばかりじゃなくたまには怒らないと、身体に悪いですね(笑)