その51 350年前の介護

少し前になりますが『JIN―仁―』(村上もとか・著)というマンガが大ヒット、ドラマにもなりました。
お話は「現代の医師が幕末にタイムスリップ、最新の医療知識で昔の人々を救う」医療ドラマです。

私も愛読していますが、ふと「自動車や車イスのない時代…介護はどうやってなされていたんだろう?」という疑問を持ちました。
介護、という制度も法律もない時代の介護。図書館や資料を当たってみたのですが、これがなかなか見つかりません。「そんな記録、ないか…」と諦めかけていたところ、先日オモシロイ資料を見つけました。

350年前の介護記録『吉宗公御一代記』。あの「暴れん坊将軍」こと八代将軍・徳川吉宗の公的な介護記録です。

60代で中風(脳卒中)で倒れた吉宗は言語障害と右半身マヒを患い、その後リハビリに励むこととなった(認知症はなかったようですが)そうです。トイレ、入浴、食事、歩行…その他一切の生活にかかわる支援が事細かに描かれており、実に興味深い資料になっています。介護経験者なら思わず「わかる!」と膝を打つ場面も。

私が思わず笑ってしまったのは、美味しくもない薬を将軍様が飲まずに残してしまう場面。

迫真の場面なのですが、どうも現代のスタッフ会議と同じじゃないかと笑ってしまいました。

全体に驚くのは、350年前の介護が実に「進んでいる」「現代に近い」感じを受けることです。
将軍様なので身の回りのことは全てやってもらえばいいようなものですが、そうはなりません。少し回復するにつれ、将軍自身の意志により熱心な歩行訓練が始まります。スタッフも「マヒした右手に右手を添え、左手で殿の帯をつかむべし」なんて指示が記録されており、これは現代でもなされる方法。城内の階段を滑り止め付スロープにした記録も残っていますがこれはバリアフリーですね。
言語障害があっても積極的に会議に出て、結果、脳も言葉も回復していきます。ドラマチックな記録です。

もっと紹介したいのですがなにしろ60巻以上(!)という大部な記録なのでとても書ききれませんw。興味のある方、ぜひご一読ください。

もちろん以上は「将軍様」の話で、こんな手厚い介護は例外中の例外かと思われます。実際にはろくに手当ても受けられず、記録も残らず…という人々が圧倒的に多かったでしょう。昔の庶民の介護記録も引き続き探してみようと思います。

逆に言えばまだまだ発展途上といわれる現在の介護も、昔なら将軍様レベルではあると言えそうです。

…しかし350年たっても、これだけ共感する場面が多いとは。「結局は人間じゃないとできない」仕事なんだろうなと思います。

参考文献
『吉宗公御一代記』
『江戸人の老い』(氏家幹人・著 PHP文庫)